すごいぞ月刊養豚界、すごいぞ緑書房!
こんなツイートが流れてきた
社畜より家畜が大事にされているかという件については、またいろいろな意見があるだろう。私自身は人間で良かったと思う場面は多い。たとえストレスに気を使われていても、最後は屠殺される運命では敵わない。
しかし、我々は労働力という数値に変換しづらいものを、じわじわと、そう、じわじわと搾り取られているのだと考えると、タロットの「吊るされた男」のようにほのかな死へ向かって行進し続けているのだろうと暗澹たる気分になる。
だが、それは本題ではない。私の気分など些末な問題だ。要はこの問題を提起してくれたのが、「月刊養豚界」という業界誌だということである。
業界誌はいろいろとコアな点が多く、そりゃ専門家が見るんだから当然だわなという感じもするが、ともかく私たちの知的欲求を満たす部分が多いものという印象がある。
では、この雑誌はどういうものなのか?
わからない時はすぐ調べる。その鉄則に則り、拾える範囲での調査を行った。
緑書房が発刊している月刊養豚界
緑書房 雑誌 養豚の現場がわかる!見える!!養豚家のための総合情報誌 養豚界
養豚界の年間購読は臨時増刊号もついて21,000円らしいですよ、奥さん!
この価格設定はいかにも業界誌だが、それでも1冊1600円というのは頑張っているように感じる。同人やってると特にそう思う。
月刊養豚界の中身を見てみる前に、緑書房についても調べてみた。
1960年創業のそこそこ古株の出版社。事業内容は「雑誌・書籍の出版」「DVDの制作・発売」「各種セミナーの企画・実施」となっている。
えーと、他には……。
アクアリウムについて、また水産、海洋、地球環境の分野を産業・学術・趣味と多角的にカバー。東洋医学(漢方、鍼灸、食養、気功)をはじめ人の健康に関するものも発行し、料理や育児、女性の生き方についてなどライフスタイル全般についても出版。
へえ。
新しいペット文化の創造を指向して犬・猫・鳥など小動物の飼育、病気、介護、遊び方についての一般向けの雑誌や書籍を発行し、かつトリマーのための専門書、そして人との共生をテーマにした読み物、写真集、さらには図鑑類やコミックなども出版。
へえ?
獣医療と畜産を総合的にカバー。畜産関係者や産業動物獣医師に情報を提供する一方、小動物獣医師や動物看護師に向けても最新の知識や技術を発信し、公衆衛生から食品安全の問題、さらには動物福祉をテーマとしたものまで、そして辞典類も出版。
へえへえ。
「ペットと人との共生をテーマにしたコミックも出版」という部分に目が行ってしまった。
なんかすごいぞ緑書房!
トップページからいろいろなページを見てみる。バナーを見ているだけでもよくある大手出版社とまるで違って楽しい。
「小動物獣医師向けメールマガジン」を発行していたり、「犬のかゆみ.com」なんてサイトにもリンクしてたり……。
寛平兄やんじゃないか! 結構インパクトのある絵面だ。
しかし、こういう専門サイトが作られるくらいには、「犬のかゆみ」というのは結構な問題なのだろう。
トップに戻って、「新刊・おすすめ書籍」を見てみる。「小動物における細胞診の初歩の初歩 増補改訂版」「犬と猫のCT&MRIアトラス」「エキゾチックアニマルの治療薬ガイド」「小動物臨床における診断推論」……わかっちゃいたが、ガチだ。
こうした知の共有が学問の発展と医術の向上を支えているのだろう。
だが、なんといっても気になるのが左カラムにある大きなバナー。「新雑誌 創刊!」の字面も力強く「伴侶動物画像診断」と来ている。雑誌、雑誌なのか。単行本じゃなくて。
X線・超音波・CT・MRI・内視鏡の各モダリティを横断し、画像診断を広く、深く学べる伴侶動物画像診断専門誌が登場!
いやね、X線とかそういうのはわかる。しかし、伴侶動物って何だい?
ということでこちらも検索してみると、なんとペットのことだった!
愛玩動物、伴侶動物、コンパニオンアニマルとも。
なるほどねえ。そうしたペットたちの画像診断についての専門誌というわけだ。豊かな社会は豊かなペット文化を育んでいる。まして高齢化社会から高齢社会を迎える日本にとっては、人の伴侶と同等に伴侶動物も増えてくるだろう。
医者の需要は増え、獣医もまた同じ。こういう雑誌が必要とされるわけだ……。
そこに飛び出た月刊養豚界
さあ、戻ってきたぞ。メインディッシュの時間である。月刊養豚界。果たしてそこにはどんなめくるめくワールドが広がっているのか?
まずは最新号の詳細を見てみる。「豚のストレス、最小限にできていますか?」という特集は最初の画像で見た通り。連載もすごいぞ。ちょいちょいつまみ食いしてみると、「ルポ がんばる農家養豚」「今月の豚病注意報」「もっと身近に! 疾病検査」「今日からできる! 日本流アニマルウェルフェアのすすめ」「初回交配時の母豚の背脂肪厚と生涯成績の関係」「離乳子豚用飼料としての豚血しょうタンパク」だ。
「初回交配時の母豚の背脂肪厚と生涯成績の関係」なんてのはまさしく良種の後継という部分において、サラブレッドの生産に近いものを感じる。
ちなみに、来月号の特集は「世界の畜産機材・資材最前線」とのこと。世界はもっとすごいんだろうな。大規模にやってるところとかどえらい機材を導入してそうだ。
バックナンバーを望見して面白かったのが、2016年の3月号。「これからの経営に欠かせない臭気対策」だそうだ。家畜を扱う場所であるから、匂いは当然つきものだろう。
しかし、「経営」という観点から見た時、これは克服せねばならない課題ということか。後継者問題にしてもそうだし、品質の良い肉を作るという意味でもそうなのか。これは素人である私の推論に過ぎないが、興味は尽きない。その答えは養豚界を買わねばわからないわけだ。
豚がいて、人がいる
2015年4月号の特集も心を打つ。「良い人材が“定着”すれば農場が変わる」だそうだ。どの業界も良い人材を求めているということか。
良い仕事をする人間は引く手数多だ。どこからも求められる。どこからも愛される。
では、そうでない人間はどうか? そうでない豚はどうなのか?
これも等しく愛されるだろう。なぜなら、生きているからだ。まるで宗教チックなことを言うようだが、生きているということは愛される権利を保有していることだと考えている。生きている限り、そこには愛が滞留する。決して見放された孤児ではない。
人間とて農場で暮らす豚だ。ジョージ・オーウェルは全体主義のありようを風刺して「動物農場」を書いた。あのナポレオンのようになってはいないか? 労働するだけの機械となってはいないか?
豚とて一個の生命であるならば、人とて一個の生命である。
手をかけねば動かない。愛をかけねば育たない。
もし良い人材を欲するならば、まず自らが良い愛の与え手にならなければならない。でなければ、良い豚は死ぬ。良い人は去る。これも自然の摂理である。
そんな茫漠たる思考をするほどには、月刊養豚界に面白みを感じてしまったようだ。ありがとう月刊養豚界。ありがとう緑書房。
気になる点が1つ
ここで終わるのがきれいだとは思ったが、どうしても気になる点があった。
養豚を扱う雑誌は他にもあるようで、検索したらヒットした。
月刊ピッグジャーナル。これまたわかりやすい雑誌名である。いかにも豚の雑誌だ。発行はアニマル・メディア社だという。で、ここの更新が2016年10月号で止まっている。というかアニマル・メディア社HPの更新自体が2016年11月で止まっている。
良い誌面作りは良い競争相手がいてこそより効果を増す。この世情に耐えられなかったのだろうか。心配ではあるが……。
それもまた戦国化した出版の宿命ということなのだろうか。
豚よ。
なお孤高にして屠殺されるのみにあらざる豚たちよ。
私は今日も生きていこう。昨日死んだきみたちの分まで。